九重連山~阿蘇~熊本城

投稿 2016年01月10日
お出かけ日記

 息子くんを連れて行きたい実父母の誘いで、クラブツーリズムのバスツアーに参加。
 初日の始発で出発し、名古屋駅に集合。7時30分頃発ののぞみに乗車し、小倉へ。小倉から観光バスに乗り、九州を南下した。

耶馬渓・青の洞門

耶馬渓・青の洞門1

耶馬渓・青の洞門2

耶馬渓・青の洞門3

耶馬渓・青の洞門4

耶馬渓・青の洞門5

耶馬渓・青の洞門6

耶馬渓・青の洞門7

 最初の観光は、大分県の耶馬渓と青の洞門。「青」というのは、この辺りの地名であり、洞門の色を示すものではないとのこと。だが、観るべきものは色ではなく、洞門の手彫りの壁面と、掘られた場所とその地形。
 この洞門が完成するまでは、この耶馬渓を通行する人馬は岩壁の上部付近を貼りつくようにして渡るしかなかったそうな。その道と呼ぶには細すぎる通路は、岩壁を見上げた写真の金網よりも高い位置にあり、渡された鎖だけが頼りだったとのこと。それでも踏み外して落下し、命を落とす者は後を絶たなかった。亡くなった人馬を供養するべく地蔵が岩壁にあるが、そのサイズは決して大きくない。それがまた、かつての通路の危険さを物語っている。
 現在では、手彫りの洞門は一部を除いて拡張され、自動車も通れる。それに、対岸も開拓されており、かつての岩壁を渡らねばならなかった渓谷の危険さは、肌に感じることは難しい。逸話に加え、当時の風景を思い浮かべられる要素(かつての風景絵と説明の看板など)も、ぜひ残してほしい。
 ちなみに、初日の昼食は、青の洞門の対岸のお店にて郷土料理のだんご汁をいただいた。だんごと言っても丸くなく、きしめんのように平たく伸ばした麺だ。野菜をたっぷり加えた甘めの味噌仕立ては、ほっこりとした味わいで美味だ。

九重「夢」大吊橋

九重「夢」大吊橋1

九重「夢」大吊橋2

九重「夢」大吊橋3

九重「夢」大吊橋4

九重「夢」大吊橋5

 私にとって今回のツアーの最大の難関が、この九重「夢」大吊橋だった。理由はもちろん、「高いから」。だが、実際に行ってみたらば、予想以上に怖かった。高い上に、狭い。しかも、通路の中央部が金網になっていて、「足元だけ見て通過する作戦」が使えなかった。それでいて、390メートルもありやがる。さらには、谷に架かっているため、風が強い。我ながら、よくぞ往復できたものだと思う。
 とりあえず、掲載の写真はすべて私が撮影したもので、他にも何枚かあるのだが、いずれも横方向しか撮っていない。欄干から下を覗くどころか、下のほうを撮影しようと手や肘を欄干から外へ出すことすらできなかったのだ。
 大吊橋を往復した後は、売店でブルーベリーソフトを楽しんだ。九重連山の辺りでは、ブルーベリーが名産の1つらしい。多分フリーズドライにして顆粒状にしたものだろうブルーベリーをソフトクリームに練りこんであり、舌にちょっぴりザラッとするが酸味も優しく、美味だった。なお、ブルーベリーソフトの売り場は2ヶ所あり、それぞれ作り方や風味が違うそうだ。私がいただいたのは、大吊橋の入り口から遠いほうの売り場で、添乗員さんのお勧めでもあった。

由布院温泉街

由布院温泉街1

由布院温泉街2

 今回のツアーは、早めにホテルにチェックインし、近くの温泉街を散策する時間を設けてくれていた。
 1泊目は、由布院温泉。「九州の軽井沢」として売り出されているそうで、若者受けするお店が多く感じられた。が、川や山は変わらないわけで、悠然とした姿を望むことができた。
 宿泊したホテルは、由布院倶楽部。会員制ホテルだそうで、珍しいところに宿泊できたと密かに喜んでいたのは、ここだけの話。お湯は当然心地よく、食事も多すぎず適量かつ美味で、ゆったり寛ぐこともでき、本当に快適だった。

瀬の本高原

瀬の本高原1

瀬の本高原2

 5日は午前9時に出発し、2日目の行程がスタート。九重連山から阿蘇へと向かう。最初に立ち寄ったのは、両方の山並を展望できる瀬の本高原。だが、あいにくの曇り空のため、眺めは残念なものに…。展望レストランの駐車場から撮った写真も、上のとおり。近くの山々はきれいに見えるが、遠方は霧というか雲に包まれて見えず。
 ここに到着した頃は、まだツアー参加者の多くは気づいていなかったが、じつはこの日の「落とし穴」はすでに始まっていた…のかもしれない。もっとも、そんなに大袈裟なものではないのだが。

高千穂峡

高千穂峡1

高千穂峡2

高千穂峡3

高千穂峡4

高千穂峡5

高千穂峡6

 休憩を一度挟んで宮崎県まで南下し、高千穂峡へ。空模様は怪しかったが、傘を差すには至らず。
 高千穂峡は「神話の舞台」でもあり、大々的に売り出され、パワースポットとも言われており、期待を膨らませて訪れた。だからということもあって、最初の印象は「意外と小規模?」だった。かつて訪れた黒部などの風景を思い出し、比較していたことも影響していたかもしれない。
 たしかに、日本アルプスの山中の峡谷と比べたら、高千穂峡は狭くて短くはある。が、そこに岩と水とが造った自然の姿が凝縮されており、通り抜けることによる風景の変わり具合に驚かされるのは他所と同じだ。通路が整備された現代でもそうなのだから、道らしき道が無かった時代にこの地を踏んだ人には、もっと驚異的かつ不可思議な印象を与えたことだろう。
 時代を遡ってその土地やそこを歩いた人たちを想像すると、旅はとても楽しいし、いろいろなありがたみに気づくこともできる。私にとっては、高千穂峡もそうして「すごい場所だなぁ」という印象に変わった。
 ちなみに、高千穂峡の滝を越えた奥にはチョウザメを飼育している池があったり、土産物などの売店もある。それらはちょっと白けた気分になるかもしれないが、日向夏ソフトクリームはとても美味だし、少しでも地元を盛り上げようとする地域の人々の逞しさを感じられ、これはこれでありだと思う。
 そんなことを思いつつ昼食をいただいてから、瀬の本高原へバスで戻った。

黒川温泉街…を諦めて瀬の本高原

黒川温泉街…を諦めて瀬の本高原

 2泊目の宿は、瀬の本高原の三愛高原ホテル。初日と同様に早めにチェックインし、ホテルのシャトルバスで麓の黒川温泉街を散策する予定だった。が、高千穂峡を出発する頃から本格的に雨が降り出し、気温も下がったため、実父母と息子くん、私は黒川温泉街散策を諦め、ホテルの露天風呂を堪能することにした。
 三愛高原ホテルの露天風呂は、本館を出て庭を通り抜けた先にある。晴天ならば、昼間は阿蘇や九重連山を、夜間は満天の星々を楽しめるという。それだけにあいにくの天気が残念だったが、私にとっては「昼間の露天風呂」は初体験であり、なかなか乙だと思った。
 部屋も充分に広く、ゆったりゆっくり寛げた。それに、食事も美味で、量も多すぎず、こちらのペースに合わせてサービスしていただけて、心地よく楽しむことができた。お酒のほうも、前日の由布院倶楽部でもそうだったのだが、本来ならば焼酎をいただくべきところ私は苦手なため敢えて日本酒を頼んだのだが、ちゃんと地元の清酒、それもとても美味しいものを用意してくださり、ありがたかった。
 そんな私達は回避できたのだが、じつはこの時、「落とし穴」が口を開けていたのだった…。

阿蘇草千里

阿蘇草千里1

阿蘇草千里2

 3日目の行程は、阿蘇の草千里からスタート。
 じつは、ここが私にとってもっとも楽しみな観光地だった。なぜなら、高校の修学旅行が九州北半分1周でここも旅程に含まれていたのに、雪のために降車できず、吹雪の中を通過しただけだったから。「吹雪の草千里」はそれはそれで珍しいものなんだろうが、実態を見たことがなければ意義が無いし、元来山が嫌いじゃなく、楽に登れるのであればむしろ好きという性分だけに、どうしてもリベンジしたかったのだ。
 念願叶って降り立った草千里は、舗装されている場所だった。観光スポットとして整備されており、あいにくの雨だから駐車場から下りていくのは控えたのだから、仕方がない。だが、それでも充分「ものすごい」場所だった。
 中岳から噴煙が上がっており、数キロ離れた自衛隊の演習場から大砲の音が響いてくるここは、かつて「火山の中」だった場所だ。地球の脈動がもっとも近い場所の1つだ。そこに立っている。そこに、外交問題により緊張が続いている人達の訓練地がある──そう思いを巡らせるだけで、古代から現代までの時間がムギュッと凝縮されている感覚がし、その圧力で自分の「輪郭」がなくなる気がした。
 私の感じ方や考え方、思いの巡らせ方は間違っているんだろうが、「霊山」に触れる(真似)ことは好きだ。地球にいるんだけれど、現実から離れたどこか遠くにいるような、不思議な感覚がして、好きだ。神仏を感じる(観じる)というのは、こういう感覚を入り口にしているんじゃなかろうかとすら思う。
 こんな具合に感動していたのだが、これが長く続かなかった。というのも、前夜「落とし穴」に嵌った人達が、バスにて後ろの席になり、ゴホゴホと咳を無遠慮にし続けたからだ。
 「落とし穴」、それは「湯冷めして風邪を拾うこと」。悪天候の中黒川温泉を散策した人達の何割かが温泉巡りもし、風邪をひいたのだ。
 しかも、私の後ろの席の人達はマスクを買うなどの気遣いは一切せず、朝から解散までずーっと咳き込んでいた。おまけに、クチャクチャと音を立てながらお菓子などを食べたり、食べながら話をしたりもし、頭上によからぬものが降り続けているような気がして、じつに不愉快だった。
 おかげで、私達は手放しで旅程を楽しめず、風邪をうつされないように神経をすり減らしながら移動することになった。
 ついでに結果まで述べてしまえば、警戒したおかげで私達は風邪をうつされずに済んだが、後ろの席の人(おっさん)の同行者達(奥さんと息子?夫婦と幼い孫1人)は風邪をうつされたようで、刻々と一人、また一人と咳き込む面子が増えていた。
 「旅の恥はかき捨て」とは言うが、やはり訪問地への敬意と周囲の人達への遠慮を体現するマナーは重要だと実感した出来事だった。

熊本城

熊本城01

熊本城02

熊本城03

熊本城04

熊本城05

熊本城06

熊本城07

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熊本城09

熊本城10

 草千里からバスで阿蘇を抜け、途中大津(おおづ)で昼食をとり、熊本市内へ。熊本では、もちろん熊本城を散策・見学。
 ここも高校の修学旅行で来たことがあるが、あまり明確に覚えていないため、楽しみにしていた…が、訪ねてみたらば、記憶が曖昧な理由がハッキリした。
 天守閣に登ってみると、結構高いのだ。初日の吊橋だけが今回の試練だと思って油断していた私には、かなりしんどかった。壁もあるし床もしっかりしているのに、窓辺に寄るのに勇気が要る。そもそも歩き方がペンギンのようになっていて、実母に「そんなに怖いの?」と大笑いされたほどだった。
 それほどの高さを、石垣を積んで嵩上げした上に木造で築くのだから、戦国時代の武将の用意周到さには唖然とする。その上、熊本城には籠城戦のための仕掛けがてんこ盛りだ。城内には松の木(食べられる)があちこちに植えられているし、石垣は美しいカーブを描いて聳えているし、さらに忍び返しやら石落としやらを設けたり、井戸も多けりゃ壁には干瓢が練りこんであるときた。再現してある天守閣には興味が薄い私だが、この城は別。どうやって攻略したらいいのかと、つい楽しく(失敬)考えてしまう。
 但し、問題は建物だけではない。縄張り自体がユニークだ。虎口の幅や両脇の石垣の高さは距離感を狂わせるし、半地下の通路は方向感覚を狂わせる(そうでなくても私は方向音痴だが)。出丸の迫力も侮れない。近いと思って踏み込んだのに、本丸が遠く感じられて、精神的にも肉体的にも疲れきるに違いない(もしも攻め込んだならの話)。
 天守閣と縄張りだけでもこれだけ楽しめたのに、おまけに今では、本丸御殿も再現されている。金箔で彩られた室内は、花々や唐人の絵も美しく描かれていて、とても華やかだ。その建物に用いられた釘や大工道具も展示されており、じつに興味深かった。天守閣内の展示物である戦国時代と西南戦争時の遺物と比べると、さらに意味深長なものを感じられる。
 本丸を見学した後、城内にある加藤神社を参拝した。祭神は、加藤清正公。土岐氏と同じ桔梗紋の家系の方であることを、初めて知った。不勉強な自分がちょっと恥ずかしくて、熊本城と桔梗紋をあしらった御朱印帳をいただこうかと思っていたが、やめてしまった。
 それに、2時間半も時間がありながら、物販エリアまでは足を伸ばせなかったのも悔やまれた。次の機会があれば、より長い時間をかけて、たっぷり見学したい。

 熊本城見学後、2度の休憩を挟みつつ、バスで博多駅へ。博多の駅ビル内のお寿司屋さんで、とっても美味しいお寿司をいただいた。刺身鉢と千代口を揃えて用いるなど、私のような素人でもさり気ないこだわりを感じる素敵なお店で、私の中にある「回転しないお寿司屋さんは気難しそうで入りづらい」という偏見を小さくしてくれた。
 そのお寿司屋さんを含め、今回の旅行で触れた九州の土地や人々には、なんとなく控えめではあるけれど、自信や誇りといった芯のある気風を垣間見せる印象があった。それらの加減というか示すタイミングも良く、心地よいおもてなしに繋がっているとも感じた。まさに「おもてなしの手練れ(プロ)」なのだろう。
 私が「もっとゆっくりしていたい。また訪れたい」と思ったのは、言うまでもない。

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