3月6日 76.8kg

投稿 2016年03月06日
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ものぐさ日記

 特撮戦隊を見て思うこと。「やっぱり純子女史の脚本は安定感があるなぁ」。下山氏の脚本はどこか危なっかしさがあり、それが面白さを引き立ててもいた。香村女史の脚本には、それがない代わりに、安心感がある。多分、解りやすさと言ってもいい。王道とか定番を、伝わりやすい場面や台詞で表現し、「理解できる」「共感できる」という快感を与えるのが巧いんだ。これは簡単そうに見えて、結構難しい。大多数の人に共感してもらえる要素を選んでも、場面や台詞の選び方1つで失敗する可能性があるから。しかも、すでに用意されているキャラクターに演じさせるという条件もあるため、キャラと世界観と視聴者の大多数の持つ常識・良識をすべて踏まえておく必要がある。私のように「読んでくれる人の期待の裏を行こう」とするのが野球のカーブなどの変化球やルアー釣りや鮎の友釣りだとすれば、王道や定番をキッチリ仕上げる女史の書き方は直球による三球三振、あるいはカツオの一本釣りだと私は思う。そして、これからも釣られまくりたいと思うぐらい、楽しみだったりする。
 昨日、「軒猿」のパロを格納し、読み返して思ったこと。「川中島の戦いは結局のところどんなだったんだろう?」。上杉繋がりで、自作の駄文「妄説・八幡原の戦い」を思い出すからだ。上越一帯や山形県での評判を見聞きすれば、謙信公のカリスマ性の凄さが垣間見える。だから、妻女山で秋雨に打たれようが誰一人裏切らず、音もなく一夜にして下山したという逸話が真実だと思えてくる。が、忍び好きとしては、両軍の忍び達がおとなしくしているわけがなく、特に武田側の三ツ者達が妻女山の様子を探ったり、アウェーの真ん中まで届けようとする上杉の糧食を襲撃したりを、しなかったはずがないと想像できる。それらを上杉の軒猿が防いだとしても、被害をゼロになんざできようはずがないし、そもそもが上杉にとって信濃はあくまでも敵地に等しく、そのド真ん中で野営同然の陣を張り続けるのは相当辛いはずだ。その辛さを乗り越え、何万人もの大群が真夜中に気配を消して下山し、正確に布陣するというのは、「謙信公好き~♪」な私には清々しく晴れやかな逸話だが、「忍者凄ぇ…!」な私には眉に唾したくなる御伽噺に思えてしまう。そんな両者を納得させようと、自分のために書いてみたのが「妄説…」だ。あくまでも空想であり、書いた目的が自己満足なので「妄説」としたが、それでも匿名の謙信公贔屓と思われる方に「越後に資料が残っているのを知らんのか」とツッコまれた。それがちと心に痛くて、FC2ブログの閉鎖をその頃から考え始めたのは、また別の話。としても、ここにまたそれを格納すると、同じ思いをするかもしれない気がして、格納しようかどうしようかと、躊躇ってしまっている。さて、どうしたものか…-"-;
 ちなみに、件の逸話は、私とてまったくのデタラメだとは思っていない。武田軍が全体の8割以上を妻女山の裏手へ回り込ませたのは、妻女山にいる上杉軍の様子を把握できていなかったからの可能性が高い(上杉軍の様子が判っていれば、最低限の軍勢で済ませたはずだ)。そんな武田軍の総攻撃を察して下山し布陣した割に、上杉軍は自軍の半数以下の武田本陣を壊滅させきれずに戦闘を終えている辺り、かなり消耗していたと推察できる(上杉軍はほぼ全軍で武田本陣5~8千に対峙)。逸話どおりでなければ、武田か上杉のどちらかの圧勝で終わっただろう戦況だと思う。それだけに、この戦いには「上杉と武田の睨み合い」の陰に、もう1つのクライマックス(両軍の情報&糧食の奪い合い)があったはずだとも思えてならず、誰かそこにスポットライトを当てて物語を書いてくれないものか、とジリジリする。マジで。
 こうしてあれこれ思うと、人生だとか社会の動勢とかには、何かしら脚本があるように思えてくる。それを誰が書いているか、何人で書いたも同然なのかによって、時勢が変化している気がする。が、今の政治の動勢を描く脚本家達の腕前はヘタクソすぎて、面白みどころかヘッタクレすら感じない──と思うのは私だけだろうか。

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